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2011年 05月 30日

桜が散ったあとは・・・    手作り和菓子 水仙

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あれ、今頃水仙の花?・・・と、関東以西の方は不思議に思われるでしょうね。

本州では、2月頃、春の前触れを告げるように咲く水仙ですが、
ここ北海道では、5月の半ばに桜と入れ替わるように咲き始める花なんです。
本州のような楚々とした雰囲気とはちょっと違って、
あちこちに、それこそ野菜のようにモリモリと元気に咲いています。

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そこで、和菓子で「水仙」を作ってみました。
花を練りきりで、葉や茎を緑の羊羹であらわし、その中には抹茶餡。
甘さの中で抹茶の風味がふっと香って、今の季節に合う清涼感があります。


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でも・・・練りきりの花はフチが丸っこくなってしまったし、葉や茎はなんだかごついしで、
いかにも北海道の水仙っぽい、元気な雰囲気の和菓子になってしまいました(笑)
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by ayaya55a | 2011-05-30 23:37 | 手作り和菓子 | Comments(14)
2011年 05月 29日

花の散る下で

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桜の見ごろは過ぎていたけれど、頬を撫でる風とふこふこの芝生が最高でした。
つつがない幸せに感謝。






撮影:5月25日     札幌市 清田区  平岡樹芸センター
PENTAX K-7 + TAMRON SP AF Di 90/2.8 MACRO
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by ayaya55a | 2011-05-29 17:06 | 花  | Comments(12)
2011年 05月 28日

東日本大震災ボランティアを経験して     その8


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5月26日の報告会、おかげさまでたくさんの方にお越しいただいて、
とても活気のあるものとなりました。
札幌震災TVでネット中継されたほか、27日のNHK総合TV・おはよう北海道でも取り上げられ、
震災ボランティアへの関心を伺い知ることが出来ました。

報告会の後半では、いらして下さった皆さんとグループトークの時間がありました。
ご自分もボランティアを経験されたという方が、少なからずいらっしゃったのですが、
そういう方々と、また形を変えて集いの場を作り、お互いの情報交換をしたり、
これからの具体的な支援を考えていこうという動きが、新しく芽生えました。
支援の輪がどんどんひろがりを見せ、嬉しく思いました。



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このミサンガ・・・
編みこんである四角いウッドビーズの色の濃い方は東北を代表する木のケヤキ、
薄い方は北海道のミズナラで出来ているんです。

これは、ゴールデンウィークにむすびばから気仙沼と陸前高田に派遣された大工さんチームが、
現地の大工さんと意気投合してケヤキを貰い受けたのですが、
それを使って何とか支援につなげたいと作られたもの。
物心両面で東北と北海道を結びたい・・・そういう心が伝わってきます。

今後むすびばのイベントなどで500円で販売され、経費として半分を引いた残り250円が支援金となるそうです。
私もさっそく買って、報告会の時、腕につけました。



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東松島にボランティアに行ってから一ヶ月。
今でも、泥出しをしていた自分の足元からはるか彼方までガレキが続き、
その上に青空がスコーンと広がっていたことを思い出します。

この時は、ボランティアに入ったお宅の方と一緒に泥出しをしていました。
その方は60代の男性で、津波でご家族を亡くされ、仕事も失われたとのこと。
一緒に汗をかきながら、独り言のように、
「生きてるってことは、生きろってことなんだろうな・・・」とぼそり。



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あの場所で暮らす方々がこれからどういう気持ちで生きていくか、
そのことに心を沿わせるだけでも、これからの自分のものの見方や感じ方も変わっていくのでは、
いや、変わらなくちゃウソだ・・・そんな思いです。

被害の現実を見、その場の空気を吸って、深く教えられたこと。
それは、言葉にするとあまりにも当然のことになってしまうのですが、
生かされた命に感謝し、自分の立ち位置で、人生を真摯に生き切ることの大切さ。
失われた尊い命に報いるためにも、それをちゃんと胸に刻んでおこうと思います。






1、2枚目    5月26日   札幌市 中央区 エルプラザ
3、4枚目    5月2日    宮城県 東松島市
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by ayaya55a | 2011-05-28 23:45 | 東日本大震災ボランティア | Comments(6)
2011年 05月 26日

white & blue

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札幌近郊では毎年ゴールデンウィークの頃に咲き揃うエゾエンゴサク。
今年はバタバタしているうちに見逃しちゃったかな・・・
と思っていたら、待っていてくれました。


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ここは秘密の花園・・・といっても、その辺のただの空き地なんですが(笑)
私が勝手に白い妖精と読んでいる、白いエゾエンゴサクが毎年咲いてくれる場所です。


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同じ場所に、今年はオオバナノエンレイソウも。
エゾエンゴサクと同時にちょうど見頃に咲いているのは、今年初めて見たような気がします。




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白とブルーの競演に、なんだかとっても癒されました。







撮影:5月17日    江別市 大麻
PENTAX K-7 + TAMRON SP AF Di 90/2.8 MACRO
  
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by ayaya55a | 2011-05-26 00:08 | 花  | Comments(18)
2011年 05月 23日

いつもの森で

震災ボランティア関連の記事がしばらく続きましたが、
お伝えしたいことがある時に、また折りにふれてということで・・・
ブログの方は、いつものスタイルに戻しますね。




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もう先週のことになってしまいましたが、いつもの森に行って来ました。
この時期、「森の貴婦人」と私が勝手に呼んでいるオオバナノエンレイソウに会いたくて。



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花開く前は、いかにもろうたげに頭を伏せていますが、



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開いた姿は上品な明るさ。
春から初夏へ移ろうとしている森に、清々しさを添えてくれます。



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そして森の下草の中で、遅咲き気味のニリンソウが。
ほころび始めのほんの一時だけ見せる、こんな表情が可愛くて。




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もう咲き終わろうとしているエゾエンゴサクにエスコートされて、
なんだかはにかんでいるようにも見えました。







撮影:5月17日     江別市 野幌森林公園
PENTAX K-7 + TAMRON SP AF Di 90/2.8 MACRO
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by ayaya55a | 2011-05-23 15:36 | 花  | Comments(10)
2011年 05月 21日

東日本大震災ボランティアを経験して     その7

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生まれて初めて記者会見で取材されるということを経験しました。
テーブルの上には各人のカンペが・・・(笑)




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向かって左から2番目が私です。
ハイ、私ひとりが激しく平均年齢を引き上げております・・・(笑)


記者会見といってもささやかなものでしたが、今日の朝日新聞朝刊の道内面に掲載され、
札幌震災TVではネット中継もされました。
関心を持って報道していただけてありがたかったです。


紙面には載らなかったことでどうしてもお伝えしたいこと。
それは記者会見の最後にGクンが言ったことです。

「昨日(会見の前日)ボランティアセンターの人と電話で話して、
今、一番望んでいるのは何ですかと聞いたら、
被災した人間のことをどうか忘れないで下さい・・・そういう答えでした」







今回、私たちが震災ボランティアで経験したことを少しでも多くの方にお伝えするために、
報告会が開催されます。
 
    日時:5月26日 19時~21時
    場所:札幌エルプラザ (札幌市中央区北8西3)
        2F むすびばコーナー前のフリースペース


また、GWのに時期に、むすびばのコーデュネートで私たち一般ボランティアチームの他にも、
大工さんチーム、気功チームが相前後して派遣されました。
それぞれ建物の修復をしたり、避難所の皆さんを癒されたりということをしたのですが、
その報告も合わせて行なわれます。
これは私も報告を聞くのが楽しみなんですよね。

震災ボランティアに興味をお持ちの一人でも多くの方にお越しいただいて、
次の支援に繋げていけたらいいなと思っています。
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by ayaya55a | 2011-05-21 22:34 | 東日本大震災ボランティア | Comments(12)
2011年 05月 20日

東日本大震災ボランティアを経験して     その6

新東名では、個人宅のボランティアに伺うお約束の時間まで間があったので、
その地区の状況を見て歩くことにしました


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石巻と仙台を結ぶ仙石線。その跨線橋に佇むと・・・




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眼下には東名駅。

被害のひどい状況を前にすると、

     ここを、撮っていいのか
     私が、撮っていいのか

そんなふうにためらう思いが常にあり、実はシャッターを押さないことの方がずっと多かったのです。
でも、この時は違いました。
わずか数日ではあるけれど、この地で被災された方とともに、埃と泥にまみれ、汗を流しているうちに、
ここは私たちにとって「被災地」から「人の暮らす土地」にかわったのです。
「被災者」はそこで暮らす人。
自分とまったく同じように、日々の暮らしをいつくしむ人が、
3・11以降そう呼ばれる立場になっただけで、
私がその立場にならなかったのは、ほんとうに単なる偶然にしかすぎないのだと。




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そんな思いがわき、私はここを歩き、ここに今もなお住まわれる方とお話をし、
自分の目線で写真も撮りました。
こういう状況の中で暮らす人がいるということを、いつも胸の中にとどめておく。
それはものの見方や考え方を確かに変えるし、もしかしたら人生の意味をも変えるかも知れません。




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泥の中から咲く水仙の力強さ。


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小さな公園があり、私たちはそこで休みました。


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桜はもう、ほんのわずかが咲き残っているだけ。
初夏を思わせる風がさらりと流れ、時折花びらを舞わせます。





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チームメイトのKちゃん。
ほんとうに心優しく、それでいてしなやかな強さを持った女の子です。

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今回、何の面識もなかったメンバー4人が、いきなり7泊8日を共にしテント生活をするという、
普通ではちょっと有り得ない展開だったのですが、
それが不思議なくらい違和感がなく、気持ちのよいものでした。
これは、各人が個人を基本として行動出来るけれど、
他者とつながるしなやかさも持ち合わせていたからではと思うのです。

この、「つながる」というのは、これからいろいろな意味でキーワードになるような気がします。
被災された方を思い、心をつなぐ・・・それがいつしか大きな力になればと思います。










5月2日 東松島市  新東名








   
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by ayaya55a | 2011-05-20 23:50 | 東日本大震災ボランティア | Comments(2)
2011年 05月 18日

東日本大震災ボランティアを経験して     その5


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ちょっと重い内容が続いたので、今回はボランティア活動そのものとは関係ない写真を。

ボランティア期間中は、ボランティアセンターのすぐ近くにある公園でテント生活をしたのですが、
これは到着したその日にテント設営をしているところ。
山岳部出身のMちゃん(手前の女性)のおかげで、設営もスイスイ。
テント生活中、アウトドア全般に強いMちゃんに、ほんとうにいろいろ助けられました。






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テントサイトに初めて泊まった翌朝、早起きして撮ったものです。
この頃はまだ余裕があったんだなと(笑)




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はらりと、名残の花びら一枚。




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頂いたコーヒーと簡易フィルターは毎朝大活躍。
これで眠気も疲れもスッキリ、今日も一日頑張ろうという気持ちになれました。




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ボランティア生活も終盤に入ると、皆の長靴もなかなかの貫禄。
もうこの頃は早起きなんてしないで、たっぷり睡眠取ってました(笑)






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5月4日、ボランティア最終予定日(実際は5日の出発の日の午前中までやったのですが)。
だいぶ慣れてきて、午前中の仕事がかなり早く終わった私たちは、
早めに午後の仕事先の新東名という地区に向かいました。
これはその移動中に見た光彩です。
携帯でも撮ったのに、
わざわざ一眼レフ持ち出して野原に腹ばいになったりして(笑)

こんなにはっきり長く浮き出た光彩を見たのは初めて。
忘れられない空でした。






1     4月29日
2~4   4月30日 
5     5月4日    東松山市  矢本
6     5月4日    東松山市  新東名
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by ayaya55a | 2011-05-18 19:42 | 東日本大震災ボランティア | Comments(6)
2011年 05月 16日

東日本大震災ボランティアを経験して     その4


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畑を覆いつくす泥。もちろん津波で運ばれてきた泥です。
表面が乾いてきた泥はシャベルを入れると、ゴソッと削れるように剥がれ、
その削れた泥には黒いヘドロの層がくっきりと・・・

被災地では、普通のお宅のお庭が、今だにこんな泥で覆われています。
それを土嚢袋に入れ、路肩に出すのが庭の泥出し。






b0133447_16505270.jpgこれは側溝ですが、こんなヘドロを含んだ泥が、
家の中に残っているお宅が、
今なおたくさんあります。
想像してみて下さい。
こんな黒い泥に、
どこの何ともわからない漂流物が混ざり、
それが家の中で膝の高さくらいまで
堆積しているんですよ・・・
それを土嚢袋に詰めて外に出すのが、
室内の泥出し。









5月1日の午前中に仮設住宅での仕事を終えてから後は、
私たちはずっと様々な個人のお宅で、室内外の泥出しや清掃、家具の運び出しなどをしました。

泥出しというのは、大の男でさえ根をあげるほどの重労働で、
5、6人で数時間集中して、やっと一部屋の一角の泥が出せるというくらい。

泥を運び出した後の室内清掃だって、ただの掃除とは訳が違います。
床にはいつくばって、タワシで全力でこすり上げ、雑巾でぬぐい取っても、
時間が経って乾けばまた泥が浮かび上がってくる・・・それをこすってぬぐっての繰り返し。

そして泥を被って使えなくなった家具家電を外に運び出し、
まだ使えるものは、それこそ箸の一本にいたるまですべて泥を洗い落として乾かして・・・



実際やってみてわかったのは、
これらは、とうてい個人の力だけで出来ることではないということ。

「はじめのうちは頑張ってやってたんだけど、もう疲れちゃってね」
被災者の方がそうおっしゃるのを聞きましたが、それはもう当然のこと。
人力に頼るしかないこういう作業にこそ、
まだまだ気が遠くなるほど、多くの人手が必要とされているのだと痛感しました。





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また、こんなふうに道一本隔てて、被害の様子がまったく違う地区に入った時は、
津波という災害の残酷さを突きつけられた思いでした。

今回ショックだったことの一つに、壊滅的といわれる地区から車でものの数分行ったところに、
それこそ、スーパーもドラッグストアもレストランも何でもある、まったく普通の日常が広がっていたことがあります。





4、5
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壊滅的といわれる場所では、ボランティアは必要ありません。
自衛隊による作業が行われるだけ。
凄まじい土ぼこりの中に響く、重機の作業音。
終日、連日ここで労働するということが、肉体的にも精神的にもどれほど過酷であることか。
自衛隊の方にはほんとうに頭が下がる思いでした。





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私たちボランティアが入るのは、半壊か床上浸水のお宅。
被害にあっても、なおそこに住み続けようとされる方のための労働です。
(いつもは時間をフルに使って作業をするので、作業中の写真はないのですが、
 この時はかなりハードだったので、一人10分ずつ交替で休憩を取りました。
 3~8はその休憩時間に撮った写真です)



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今回のチームメイト、Gクンが話してくれたことです。



   市役所の駐車場でタバコを吸っていたら、おじいさんに、
   「ボランティアの方ですか?」と声をかけられた。
   「そうです」と答えると、「ありがとうございますっ!」と深々と頭を下げられた。

   「家の中が泥だらけになって、どうしていいかわからず呆然としていた時、
   ボランティアの方が来て泥出しをしてくれた。
   それでキレイにしてここに住み続けようという希望がわいた」

   そう言われて、何度も何度も頭を下げられて、
   なんだか涙が出そうになった。



私たち一人一人が出来ることは大海原の雫の一滴のようなものかも知れません。
それでも、どんなに小さな力でも、希望の雫になりえるんだ・・・そう、強く思いました。






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あの時ボランティアに入ったお宅で頂いたスタミナドリンク、
ンもう、これ以上はないってくらい美味しかったです!
もちろん仁王立ち、腰に手を当てて、
クハ~ッとオヤジ飲み(笑)

おかげで元気に頑張れました、
ほんとうにありがとうございました!











 1     5月2日   東松島市 矢本
 2     5月3日   東松島市 新東名
 3~8  5月2日   東松島市  大曲        
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by ayaya55a | 2011-05-16 19:40 | 東日本大震災ボランティア | Comments(10)
2011年 05月 13日

東日本大震災ボランティアを経験して     その3


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ここは東松島市の中心部から、奥松島へと呼ばれる地域へと続く野蒜海岸。
松島らしい明媚な風景が広がっていたと思われる場所なのですが・・・

この時は東松島市・宮戸へ、炊き出しのお手伝いを兼ね、お菓子を届けに行くところでした。
津波の被害が酷かったこの地域では、車一台がやっと通れる、舗装されていないガタガタの道が一本通じているだけ。
場所によっては道のすぐ脇まで冠水、運転をしていてこの時ほど緊張したことは、かつてありません。
でも、この道しか宮戸へ通じる道はなく、いろいろな車輌がここを通っていました。







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根こそぎ倒されてもなお咲いている桜に、せめてもの救いを求めるような気持ちになったり・・・





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ここが宮戸の中では、まだ被害が少なかったという里地区。
それでも、うぐいすの鳴き声が響くこんな田園にすら、津波の禍根が残っていました。





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なぜ宮戸へ行ったかと言うと・・・
私は札幌から月寒あんぱん200個と手作りクッキー50袋を持って行ったのですが、
ボランティアセンターでは支援物資は取り次がないとのことで、どうしたものか思案していました。
そこへ、ちょうどその日250人ほどの集落で炊き出しと支援物資の配給があるという情報を、
チームメイトのGくんがツイッターで入手してくれました。
それがこの里地区で、個数がちょうど良かったこともあり、自分で直接お菓子をお届けしたというわけです。






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地域のコミュニティーがとても密なこの地区では、
今だに断水しているなどいろいろ不自由されているにもかかわらず、
皆さん助け合って明るく過ごされていました。
私たちボランティアにも、気遣いと感謝の気持ちで接して下さるのを感じ、
さらにこちらまで元気を頂いたような気がしたものです。
ほんとうにありがとうございました。






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そしてボランティア2日目。
この日は市役所からボランティアセンターへ要請のあった、仮設住宅での物資の仕分けをしました。
前日のアルバム整理などもそうでしたが、できれば女性にやって欲しいという軽作業のニーズも、
何かしらあるようです。







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仮設住宅の集会所で、ダンボール箱ごと届いた様々な支援物資を、各戸の入居人数に合わせて仕分け。
それをそれぞれの居宅へ運ぶというのがこの時の仕事でした。



8、9
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まだまだ建築途中の仮設住宅ですが(東松島市では2000戸を予定)、出来たところからどんどん入居が始まります。
用意されたプランターには、入居される方に少しでも心の潤いを・・・という思いがこめられているのでしょう。
ここに、これからどんな種が植えられ、どんな花が咲くのでしょうか。



この時は、皆で手際よく作業を進め、予定より早く午前中に作業を終了。
再びボランティアセンターへ戻って午後の仕事を申し受けました。



「せっかく札幌から来たんですから、もっとキツイ仕事でも何でもやらせて下さい」と言った私に、
「生半可なことではないですよ」とキッパリおっしゃったスタッフのFさん。
あの時のFさんの厳しい表情に、あらためて災害ボランティアとして身が引き締まる思いがしたものです。




そしてこの日の午後以降はずっと個人宅の泥出しや、家具出し、清掃など、
一番ボランティアへのニーズが多く、大変とされている仕事をしました。


それらを実際にやってみてわかったこと、感じたことなどを次回からお伝えします。










1、2枚目   4月30日   東松島市 野蒜
3~5枚目  4月30日   東松島市 宮戸
6~9枚目  5月1日    東松島市 矢本
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by ayaya55a | 2011-05-13 15:53 | 東日本大震災ボランティア | Comments(4)