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カテゴリ:東日本大震災ボランティア( 24 )


2016年 03月 11日

6年目の3・11

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2011年のGWに、私は宮城県の東松島市に行き、震災ボランティアとして活動しました。
見渡す限りのガレキと泥、その上にスコーンと広がった青空。
あの時の光景が、3月11日が近づくたびによみがえります。


あの時のこと、あれからのこと。
私はこれまで何をやってこれたのかな。

いろいろな思いで胸がザワザワして、落ち着かなくなる3月11日。
それは、6年目を迎えても同じ。
むしろ年々深くなってきているような気がします。



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今日は地下歩行空間で催されたチャリティ・マルシェに参加しました。
震災以来、ずっと支援のための演奏活動を続けておられる、
土屋英順さんのチェロを聴きたくて。

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5年前の今日、被災して亡くなられた方の形見のチェロで、
アヴェ・マリアや、G線上のアリアなど、祈りの曲を弾いて下さいました。
バックスクリーンには、被災地の今の光景が次々と。



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東松島の光景も。
私はもう涙をこらえることができなくて。

あらためて思ったのは、月並みだけれど自分のできる事を続けていくしかないなと。

札幌に避難している人たちの、少しでも支えになること。
原発の不安のない社会を子供たちに残すこと。

そのために私のできることは、ほんとうにささやかなことにすぎないけれど、
決して無駄ではないと信じて、続けていきたいです。
今こうして生かされていることに感謝しつつ。
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by ayaya55a | 2016-03-11 20:14 | 東日本大震災ボランティア | Comments(4)
2014年 03月 11日

この日に思うこと

あの大震災とその影響で失われた、すべての尊い命に、
この鎮魂の思いが届きますように。


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そして今・・・

「うん、今までのなかで、
今年がやっぱり一番つらい。
来年以降のことはわからないけど」

これは、福島から札幌へ自主避難してきた友人の、昨日のことばです。

3年を経て、より深刻化、複雑化した状況もあるのです。
同じ過ちを繰り返したくない。
子どもたちの未来を奪いたくない。
その思いで、私はこれからもできることをやっていきたいです。


撮影:3月 11日
    札幌市 中央区 地下歩行空間

PENTAX K-3 + PENTAX FA Limited 43/1.9
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by ayaya55a | 2014-03-11 18:11 | 東日本大震災ボランティア | Comments(8)
2011年 10月 25日

あれから・・・

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これは先月、被災地ボランティアで釜石を訪れた時、釜石港で撮ったものです。


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港に乗り上げ、突き刺ささったままの巨大な船。
震災から半年たってなお、こういう光景を見ながら暮らすという、
そのことに胸が痛んでなりませんでした。


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それが、先日の新聞(10月20日)にこんな記事が。
これでまた一歩、復興への歩みが進んだんだ・・・
なんだか胸のつかえが取れたような嬉しさでした。



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そしてこちらは、同じく先月釜石に行った時、被災したこどもたちと遊んだときのものです。
最初は遠慮がちだったかなえちゃんとコナミちゃん。
しだいにのびのびとふるまってくれるようになったのが、とても嬉しかったのです。


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そうしたら、釜石港の記事と同じ日の新聞に、偶然にもあの子達が・・・
夢をケーキにたくすという、とっても楽しい催しのようすが載っていました。

たまたまですが、こんなふうに自分が直接見た光景や、知っている子供達が掲載されて、
それも希望に向かっての明るいニュースだったので、ほんとうにこちらの気持ちも明るくなりました。






撮影:1~3枚目 9月 13日  、 5枚目 9月 10日   釜石市
PENTAX K-7 + PENTAX DA 17-70/4

(4、6枚目は  朝日新聞10月20日よりスキャン)
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by ayaya55a | 2011-10-25 23:29 | 東日本大震災ボランティア | Comments(4)
2011年 10月 04日

釜石を去るとき


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ボランティア最終日。 
宿舎に戻り、荷物を整理して、帰りの車に乗り込むまで少し時間があったので、
カメラを持って近所を歩きました。
雨上がりの里山は、なんだかふるさとのような優しさで、名残り惜しさが募ります。

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ほんとうに肌触りの柔らかい、心休まる土地でした。
人の温かさに心から感謝です。







b0133447_23544734.jpg車に乗り込む直前、ほんとうにこれでお別れという時の写真。
私たちボランティアや、ねおすのスタッフに加えて、
都留文科大学のみんなも入ってくれて、
笑い声あふれる楽しい撮影タイムでした。
でも、車が出たら、スタッフのミキちゃんが手を振りながら
泣いていて、私もこらえきれず涙ポロポロ・・・

みんな、みんな、ありがとう。







今回のボランティアでは、復興への力強い動きが嬉しかった反面、
現地で活動し続けている皆さんの疲れを感じることが多々あり、胸が痛みました。

また、被災地の皆さんが、
 「忘れられたくない」
 「来て、見て、知って欲しい」と、強く思っておられることも、ぜひ知っていただきたいのです。

復興はほんとうに先の長い道のりですが、
私たちはこれからも、それぞれのスタンスで関わり続けていきたいものです。








撮影:9月14日    釜石市 橋野町
PENTAX K-7 + PENTAX DA 17-70/4、TAMRON SP AF Di 90/2.8 MACRO
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by ayaya55a | 2011-10-04 22:54 | 東日本大震災ボランティア | Comments(8)
2011年 10月 02日

鎮魂 と 再生

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ボランティア最終日に向かった大槌町。
津波の後で火災に襲われた大槌町は、
生活の動きが見えるようになった今もなお、焦土の様相を呈していました。



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雨に濡れながらここに立ったときの思いは、どんな言葉でも紡ぐことは出来ません。

あまりにも多くの尊い命が失われたという事実が、ズンと直接心臓を掴む。
報道を通してだけでは伝わってこなかった、そのとてつもない重たさに、
私はただベショベショ涙ぐむだけ。



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そして、ボランティアセンターへ戻る途中で。
私はボランティアとして移動する時は、自分の写欲のために車を停めてもらうことはしません。
何か撮るとしたら車窓ごしに撮るだけですが、この時だけはお願いして車を1分だけ停めてもらいました。
この鳥居を、ちゃんと真正面から撮りたかったから。

この地域の人々が、まず出来るところからやろうということで建て直したという鳥居です。
このりゅうと立つ鳥居に、再生への力を信じて・・・



撮影:9月14日  1、2枚目 岩手県 大槌町  3枚目 釜石市 鵜住居
PENTAX K-7 + PENTAX DA 17-70/4
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by ayaya55a | 2011-10-02 22:11 | 東日本大震災ボランティア | Comments(10)
2011年 09月 30日

9月11日のこと


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9月11日。
震災から半年の節目を被災地で迎え、もう半年たったんだという感慨もやはり特別なものがありました。
この日のことを日記風に記します。

この日はボランティアセンターの内外の草刈りと、近くの畑で農作業。
震災時刻の14時46分にはサイレンが鳴り響き、私たちは作業の手を止め、黙祷をささげました。



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これは草刈をしていた時、お隣ののりおさん(この界隈は同じ苗字が多いので、互いを下の名で呼び合う)が
差し入れてくれた、手作りの明がらす(あけがらす)。

明がらすというのは遠野地方のお菓子で、くるみ、ゴマ、米粉でできた素朴なお菓子です。
私は以前お土産用として市販されているものを食べたことがあって、
それはモソモソしていてちょっと苦手だったけれど、手作りのこれはしっとりしていてとても美味しかった。
ここでは、ご近所の皆さんがボランティアをほんとうに大切にして下さるのです。感謝。



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この日は仕事が早めに終わったので、バスで釜石市の中心部へ出かけました。
どうしても見ておきたかった写真展がこの日までの開催だったのです。

2時間に一本しかないバスだけれど、停留所でない場所でも、手を挙げれば停まってくれます。

ボランティアセンターから釜石市中心部までは、普通に車で行けば25分くらいだけれど、
バスだと何箇所もの避難所を経由するので一時間近くかかってしまいました。



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会場へ着いたのは、もう終了時刻の16時をとうにを過ぎていたけれど、
まだ多くの人が訪れていて、入場させてもらえました。

その写真展は、ご自身も被災された釜石市の写真館主、菊池新平さんが、
一台だけ持ち出して逃げたというカメラで、震災直後から撮り続けたというもの。

写真展とはいっても、巨大イベントテントに会議用テーブルをズラリと並べ、
そこにダーッと200枚あまりの写真を並べたものでしたが、
迫真の写真は本当に胸に迫るものがあり、涙ぐんで見ている人も。
私が一番胸打たれたものは、震災当日の夜、真っ暗な避難所で寄り添って過ごされる皆さんの写真でした。



帰りのバスを待つ間、市街地を歩いたのですが、
その光景には、正直、半年たっているのにまだこういう状態なんだ・・・と、ショックを受けました。


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ガレキの撤去は済んだものの、その先へ進みあぐねている苦悩が伝わってくる光景・・・
もしここを一人で歩いていたなら、辛さがさらに増していたと思う。

ボランティア仲間のヒロキは、自分も行きたいと言ってついて来たのですが、
今思うと私が心配で一緒に来てくれたんだなと・・・ごめんね、ありがとう。



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でも、何とか開業している医院もあり、そこからは確かに人の息づかいが伝わって来ました。



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復興はそれこそ何年、何十年という道のりになるでしょうが、ぜったい可能だと信じたい・・・
夕闇の迫る釜石の街で、あらためてそう思ったのでした。






撮影:9月11日      1~3枚目 釜石市 橋野町   3~7枚目 釜石市 只越町
OLYMPUS μTOUGH-6020
PENTAX K-7 + PENTAX DA 17-70/4
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by ayaya55a | 2011-09-30 23:58 | 東日本大震災ボランティア | Comments(2)
2011年 09月 26日

ボランティアセンターに泊まって

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ボランティアをしていた時に宿泊した、釜石市橋野のボランティアセンターは、
NPO法人北海道ねおすの釜石の拠点となっている場所です。
ここは平成15年までへき地保育園として使われていた建物で、
敷地には大きな櫻の古木がありました。
春にはどんなに美しいことでしょうね・・・


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保育園らしく、蛇口がすごく低い位置にあるんですが(笑)、
仕事の合間にお洗濯することもできました。


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中は、ほとんど保育園だった時のまま・・・
ここで食事やミーティングをして、夜は寝袋で寝泊りしました。


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このボランティアセンターは、地域に密着して、先の長い支援を・・・ということで活動していますが、
とにかく、近隣の方々がボランティアにほんとうによくして下さるのです。

ご近所のお家がかわるがわる御風呂を使わせて下さったおかげで、毎日さっぱり・・・
どれだけボランティア生活が快適なものになったことでしょう、
ほんとうに感謝しています。

地域の皆さんと繋がり合ってこそのボランティアなんだなと実感しました。





撮影:9月9日、14日   釜石市 橋野町 旧へき地保育園
PENTAX K-7 + PENTAX DA 17-70/4


 
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by ayaya55a | 2011-09-26 18:03 | 東日本大震災ボランティア | Comments(6)
2011年 09月 24日

子どもたちと過ごした時間


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今回の東北ボランティアでは、地元の方々や他団体とも連携して活動する機会がもてました。
この日は、山梨の都留文科大学のボランティアサークルと一緒に、
被災した地元の子どもたちと、山奥の整備された公園で一日遊びました。

子どもたちは、大槌町の赤浜小と安渡小の19人。
観光船が民宿の屋根に乗っかっていた光景・・・といえば、ああ、と思われる方も多いはず。
あの場所が赤浜で、安渡はそれに隣接した地域。
どちらもほとんどの建物が津波で流されるという、壊滅的な被害を受けました。

子ども達の多くは仮設住宅暮らし。
小学校も被災して隣の吉里吉里小を間借り、
2つしかない教室を区切って6学年が授業を受けている状況でした。



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そんな子ども達も、この日は広々とした場所で、思い切り伸び伸び。
ドッジボール、野球、キックベース、缶けり、なんだかよくわからないプロレスごっご(笑)・・・
次から次へと、とにかく元気に遊ぶ、遊ぶ。



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こんなふうに、手足を使ってペタペタ自由に絵を描くというプログラムも。
最初はおっかなびっくり、でも次第に自由にのびのび楽しむ子ども達。




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今回、札幌から一緒にボランティアに行った仲間の一人、大学生のとっくん。
彼は被災地に行くのはこれがもう3回目。
ボランティアを繰返すうちに、自分のやりたいことが見えてきたとう、とてもしっかりした若者。


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そのとっくんの友人でボランティア初参加のヒロキ。
底抜けに明るく、骨惜しみしない働きぶりに、同じボランティアとして、どれだけ励まされたことか。

こういう若い人たちが被災地で汗を流して、自分なりに何かを感じてくれることが、
これからの世の中で何かを変えるきっかけになればと思う。





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そして嬉しかったのは、地元のお母さんたちによる、手作りの昼食。
トン汁も、雑穀おにぎりも、お漬物も最高・・・ほんとうにありがとうございました。



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そしてデザートは地元の甘い甘いスイカ。
最終的にはかなり粉々になってしまったけれど(笑)
くったくのない子どもの笑顔と歓声に、こちらも幸せな気持ちになれた時間でした。










撮影:9月10日   岩手県 釜石市 青ノ木
PENTAX K-7 + PENTAX DA 17-70/4、TAMRON AF 70-300/4-5.6
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by ayaya55a | 2011-09-24 16:14 | 東日本大震災ボランティア | Comments(8)
2011年 09月 21日

里山に癒されて

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今回のボランティア活動で宿泊したのは、
釜石市沿岸部から20キロほど内陸に入った橋野という地区でした。
民話伝承で知られた遠野にも近く、文化圏としては釜石より遠野に入るとか。
なんともひなびた味わいのある里山で、私は大好きになりました。
ボランティアから帰って元気があるときは、宿舎の近くを散歩したものです。



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ここで生きる人は、いったいどうやって希望を持てばいいのだろう・・・
そんな胸が塞がるような状況の中で、感情の一部にフタをして、
とにもかくにも、自分の出来る限りのことをする。

そういうボランティアとしての一日を終え、少なからず疲弊してこの橋野に戻って来ると、
おだやかで懐かしい農村風景が、お帰りなさいと言ってくれる。

それで、どれだけ気持ちがなだめられたことか。



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あれ、遠野のカッパがここまで来たのかな?
・・・って、これは今回のボランティア仲間だった大学生の男の子たち。
炎天下のボランティアで火照ったカラダを、川遊びでクールダウンしていたところでした。
やっぱり若さが違いますね(笑)






撮影:9月9日    釜石市 橋野町
PENTAX K-7 + PENTAX DA 17-70/4、TAMRON SP AF Di 90/2.8 MACRO
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by ayaya55a | 2011-09-21 22:17 | 東日本大震災ボランティア | Comments(8)
2011年 09月 19日

雑草の生い茂る中で

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向こうに見えるのが大槌湾、
その手前に三陸鉄道の線路が残っているのがわかるでしょうか。

津波で建物が流され、土台だけ残された場所に雑草が生い茂る・・・
そんな荒漠とした光景を少しでも改良したいという、地元の方の要請にこたえて、
ボランティアが草刈をしています。
私もボランティアとして活動したうちの半分は、草刈作業でした。






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手刈りと機械刈りを交えての作業ですが、
腰の高さ以上の草が広範に茂っていて、かなりの作業量。
暑さは峠を超えたとは言え、まだ30度以上あるこの時期の草刈は、とにかく体力勝負。
ブルーシートで即席の日陰を作って、休憩を取りながらの作業でした。

今回のボランティアは10代から60代までで、
またもや平均年齢引き上げ組の私でしたが(笑)、
いや~、我ながらよく体力が持ったなと思います。







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道路沿いの草刈り。
ここを通る人が、索漠とした気持ちにならないようにとの思いをこめて。


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作業報告のために同じ場所の草刈後の写真を撮ったのですが、
草を刈った下には意外なほどのガレキが。




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でも、ほんとうはガレキなんて呼びたくない。
ここに暮らしていた人にとっては、大切なものの断片が、そこかしこにあるんだもの。


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果てしないバトルという感じの草刈でしたが、
ほんの少しでもいい、復旧へのよすがとなってくれたらと思います。








撮影:9月9日、12日   釜石市 箱崎町、釜石市 桑ノ浜
OLYMPUS μTOUGH-6020
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by ayaya55a | 2011-09-19 21:22 | 東日本大震災ボランティア | Comments(4)